ZENKOJI / GOKAICHO 2022

長野県・長野市 | 御開帳と御朱印の記録

善光寺。
御開帳のご縁を、
御朱印とともに。

七年に一度の特別な参拝。2022年に実際に歩いて感じた善光寺の魅力、回向柱と御開帳、宿坊17か所の御朱印を写真とともに綴ります。

※ 2022年御開帳の参拝記録です。現在の授与・行事情報ではありません。

2022年御開帳時の善光寺本堂
善光寺本堂(2022年 御開帳の参拝記録)
善光寺山門と鳩字の額
善光寺山門(2022年撮影)
2022御開帳参拝の記録
17か所御朱印を頂いた宿坊
写真付き御開帳の名所・体験
拡大表示宿坊の御朱印

この記事について 当時の参拝で見聞きした内容を大切に残した記録です。授与内容・待ち時間・行事日程・参拝方法は変わるため、訪問前に善光寺の公式案内をご確認ください。

THE LANDMARKS

2022年、御開帳の善光寺を訪ねて。

山門の「鳩字の額」、堂々たる国宝本堂。参拝した時の景色を、実際に撮影した写真と一緒にご紹介します。

善光寺山門
山門(重要文化財)/寛延3年(1750年)建立。「鳩字の額」に隠れた5羽の鳩も見どころ
善光寺本堂
本堂(国宝)/宝永4年(1707年)建立。大きさと緻密な造りに圧倒されます
THE HISTORY OF ZENKOJI

善光寺の歴史と、受け継がれた信仰。

善光寺の成り立ち ― 日本最古の仏像を巡る数奇な運命

長野の善光寺は、「日本最古の仏像」を巡る壮大なドラマから始まった寺院です。
その歴史は、仏教伝来の時代にまでさかのぼります。

仏教伝来と「難波の堀江」への投棄

御本尊である「一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)」は、欽明天皇の時代(552年)に、百済から日本へ伝えられたとされる仏像です。

しかし当時、日本では仏教を受け入れるかを巡って対立が起こります。

  • 崇仏派: 仏教を信仰する
  • 廃仏派: 伝統を重んじる

この争いの中で、廃仏派である物部氏によって、仏像は難波の堀江(現在の大阪)に投げ捨てられるという悲劇的な運命をたどりました。

本田善光による救出と寺号の由来

その後、この仏像を救い上げたのが信濃の人物、本田善光(ほんだ よしみつ)です。
光り輝く如来像を発見し、深く感銘を受けて故郷へ持ち帰りました。
皇極天皇元年(642年)に現在の地に移され、立派な伽藍が造営されます。
寺の名前である「善光寺」は、この「善光(よしみつ)」の名に由来しています。

戦国乱世と御本尊の流転

善光寺の歴史は戦乱とも深く関わり、戦国時代には御本尊が各地へ移される波乱の時代を迎えます。

武田信玄 ― 善光寺を“丸ごと持ち帰る”執念

信玄は、御本尊を甲府へ移すという大胆な行動に出ました。
これは単なる略奪ではなく、「戦勝祈願」や「民心掌握」という、政治と信仰を兼ねた戦略的な行動でした。

織田信長 ― 権威の象徴として掌握

武田氏滅亡後、次に御本尊を手中に収めたのは信長でした。
信長にとって善光寺の仏は宗教権威そのものであり、支配の正当性を演出するツールでもありました。

豊臣秀吉 ― 京都で“国家的シンボル化”

天下人となった秀吉は御本尊を京都へ移します。
各地を転々としたのち、1598年にようやく信州へ戻りました。
まさに「戦国に翻弄された仏像」といえるでしょう。

江戸時代に庶民信仰の中心へ

江戸時代になると、善光寺は大きく姿を変えます。
宗派を問わない「無宗派」の寺院として、当時は珍しく女性や庶民も広く受け入れました。

エピソード

「牛に引かれて善光寺参り」

信心のない老婆が、洗濯物を角に引っ掛けて走っていく牛を追いかけていくうちに、善光寺へと導かれ、ついに信仰の心に目覚めたという伝説です。
この言葉は、「思わぬ縁に導かれて、良い方へ向かうこと」の例えとして、今も多くの人に親しまれています。

この開かれた信仰の姿勢により、「一生に一度は善光寺参り」といわれるほどの人気を博し、日本全国から参拝者が訪れる霊場となりました。

WHAT IS GOKAICHO?

御開帳とは? 回向柱と「善の綱」。

善光寺で行われる「御開帳(ごかいちょう)」は、数え年で7年に一度開催される特別な行事です。
全国から数百万人の参拝者が訪れる、日本でも有数の聖なる儀式として知られています。

御開帳とは何か?

善光寺の御本尊は「一光三尊阿弥陀如来」。
これは誰も見ることができない「絶対秘仏」です。
普段はその姿を直接拝むことはできません。

そこで期間中のみ、御本尊の分身である「前立本尊(まえだちほんぞん)」が本堂に安置され、特別なご縁を結ぶことができるようになります。

回向柱に触れて功徳を得る

御開帳の象徴といえば、本堂の前にそびえ立つ高さ約10メートルの大柱「回向柱(えこうばしら)」です。

前立本尊の右手と「善の綱」で結ばれた回向柱

この柱は「善の綱」と呼ばれる紐で御本尊の右手と結ばれており、柱に触れることで御本尊と結縁し、直接触れたのと同じご利益があると信じられています。

この柱に触れることは、御本尊と直接触れ合うのと同じこと。
その一触れが、計り知れない功徳(ご利益)をもたらすと信じられ、多くの参拝者が願いを込めて列を作ります。

善光寺御開帳の仕組み図解

▲ 前立本尊と回向柱を結ぶ「善の綱」のイメージ図

江戸時代から続く、庶民の願い

その歴史は江戸時代にまで遡ります。
当時はお寺の修繕費を集める役割もありましたが、何より「普段は拝めない仏様と、一生に一度でいいからご縁を結びたい」という人々の切実な願いが、今の熱狂へと繋がっています。

歴史と信仰が息づくこの特別な行事。
次の御開帳のタイミングで、あなたもその「ご縁」を体験してみませんか。

GOKAICHO 2022 / VISIT REPORT

2022年御開帳、参拝の記録。

回向柱、にぎわう参道、大勧進と世尊院釈迦堂。実際に歩いた当時の体験を残しています。

🕊 待ちに待った善光寺御開帳

管理人も有難く参詣させて頂きました。
参道は多くの参拝客で賑わい、街全体がお祝いムード一色。
仲見世通りの香ばしいおやきの匂いや、山門から見渡す鮮やかな景色に、数え年で7年に一度というこの貴重なご縁の重みを改めて実感しました。
厳しい日常を忘れ、ただ静かに手を合わせる時間の尊さを再確認した参拝となりました。

コロナ禍を越えた「1年越しの再会」

本来は2021年に開催される予定でしたが、パンデミックの影響で2022年に延期されました。
「7年に1度」という本来の周期が崩れたことで、参拝客の間では「やっと会えた」という安堵と喜びの声が広がりました。
感染対策として期間が例年より延長され、分散参拝が呼びかけられるなど、新しい時代の御開帳の形となりました。

回向柱(えこうばしら)と「善の綱」

本堂前に立てられる高さ約10メートルの「回向柱」は、御開帳の象徴です。
この柱は、本堂奥にある「前立本尊」の右手と「善の綱」という綱で結ばれています。
柱に触れることは仏様と直接触れ合うのと同じご利益があるとされ、多くの人が列を作りました。
2022年は接触を伴う参拝に配慮し、柱に抗菌コーティングを施すなどの工夫も話題になりました。

日本最古の秘仏の身代わり「前立本尊」

善光寺の御本尊は「絶対秘仏」で誰も見ることができませんが、御開帳の期間だけ、その身代わりである「前立本尊」が公開されます。
普段は宝庫に安置されている仏様が本堂へ移動する「遷座式(せんざしき)」は、厳かな雰囲気の中で行われ、信州の春の訪れを告げる風物詩となりました。

御開帳期間は大混雑

境内は想像以上の大混雑でした。
特に本堂前は、回向柱に触れてご利益をいただこうとする参拝者で長蛇の列。
なかなか前に進まず、「さすが善光寺…!」と実感するほどの人出でした。
列に並びながら、少しずつ本堂へ近づいていく時間も、ある意味では特別な体験だったように思います。
また、御朱印の授与所も大変な賑わいで、この日はなんと約70分待ちとのこと。
さすがに今回は時間の都合もあり、直書きは諦めて書置きの御朱印を拝受しました。
それでも、この混雑の中で無事に参拝できただけでも十分ありがたく、御開帳ならではの熱気と特別感をしっかり感じることができました。

大勧進

「牛御朱印(金)」「越ちひろさんコラボ」「結縁柱御朱印」
3種類の御開帳期間限定御朱印が頒布されています。
4種類の通常御朱印には牛の御開帳印を押して頂けます。

武田信玄と上杉謙信が「隣同士」で眠る

戦国時代、善光寺の御本尊を巡って激しく争った武田信玄と上杉謙信ですが、大勧進の宝物館には、なんと二人の位牌が隣り合わせで安置されています。
かつては敵同士だった二人が、現在は同じ場所で静かに祀られている姿は、善光寺の「すべての人を受け入れる」という精神を象徴するエピソードです。


善光寺御開帳期間は本堂・大勧進・大本願・世尊院釈迦堂で御朱印が頂けます。
管理人は大本願の5枚組は拝受しませんでした。

世尊院釈迦堂

「涅槃釈迦如来」「毘沙門天」「摩利支天」
3種類の御開帳期間限定御朱印が頒布されています。
通常御朱印3種にも御開帳印を押して頂けます。

日本唯一の「等身大」寝釈迦像

釈迦堂の御本尊は、鎌倉時代に作られたとされる銅造釈迦涅槃像(ねはんぞう)です。
お釈迦様が亡くなる時の姿を現した「寝釈迦」ですが、なんと人間と同じ等身大(約1.6メートル)で作られている、日本でも非常に珍しい重要文化財です。
お釈迦様がそこに横たわっているかのような、リアルな存在感に圧倒されます。

SHUKUBO GOSHUIN COLLECTION

御朱印を頂いた善光寺宿坊 17か所

善光寺の周囲には、御朱印を頂ける宿坊が点在しています。管理人が実際に巡って頂いた17ヶ所の御朱印をまとめました。カードの写真から御朱印を拡大してご覧いただけます。

MORE TO DISCOVER

山門と忠霊殿、境内で出会う風景。

善光寺山門

寛延3年(1750)に建立された山門は国の重要文化財にも指定されている。
楼上への登楼(有料)もできますが、管理人は登りませんでした。

額に隠れた「5羽の鳩」と「牛の顔」

門の正面に掲げられた「善光寺」の額(通称:鳩字の額)には、遊び心あふれる秘密が隠されています。
「善光寺」の3文字の中に、5羽の鳩がデザインとして組み込まれています。
平和の象徴である鳩がどこにいるか探すのが、参拝客の定番の楽しみです。
「善」の字の上の部分が、牛の顔に見えるように書かれています。
これは有名な「牛に引かれて善光寺参り」の伝説にちなんだものと言われています。

日本忠霊殿

本堂の賑わいから少し離れた場所に、ひっそりと佇む「日本忠霊殿」。
仲見世の喧騒が嘘のように、ここには凛とした静けさが広がっています。
美しい三重塔が印象的ですが、実は戊辰戦争から第二次世界大戦までの戦没者を祀る、日本で唯一の仏式霊廟でもあります。
併設の善光寺史料館には、ダライ・ラマ14世が奉納した砂曼荼羅も展示されており、その繊細な美しさに心が静かに整えられるようでした。
御開帳の賑わいとは対照的に静かに祈りと向き合える“もうひとつの善光寺”。
落ち着いて参拝したい方に、ぜひおすすめしたい場所です。

※御開帳期間は御朱印は頂けません。

SPECIAL GOSHUIN & MEMORIES

御開帳限定の御朱印、そして参詣を終えて。

善光寺御開帳限定御朱印

今回の参拝で一番の楽しみだったのが、この御開帳限定の見開き御朱印。
実際に手に取ってみると、想像以上の豪華さでびっくり…!
金の裏紙に透かし切りのお花と立葵紋がとても華やかで、中央に大きく書かれた「一光三尊」の文字も力強くて、本当に特別感があります。
御開帳ならではのデザインということもあり、
「このタイミングで来てよかったなぁ」
と、しみじみ感じてしまいました。
記念としてはもちろん、ずっと大切にしたくなる一枚です。

善光寺参詣を終えて

「遠くとも一度は詣れ善光寺」

善光寺の御開帳、想像以上の大混雑でヘトヘトになっちゃいましたが……思い切って行って本当によかった!
急遽予約したビジネスホテルに泊まっての一泊二日弾丸ツアーだったけど、欲しかった限定の御朱印帳や御朱印、回向柱のお守り、それに世尊院さんの御朱印帳までお迎えできて大満足です💕
大切な授与品を眺めながら、今から幸せな気分に浸っています。
次回2027年の御開帳も、絶対またお参りするぞ〜!⛩️✨

GOSHUIN TRAVEL JOURNAL

御朱印がつなぐ、
また次の参拝へ。

善光寺の特別なご縁と、17の宿坊をめぐる御朱印の記録。

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